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Biophysics & Living Soft Matter Physics

バイオソフトマターの制御からアクティブマターとしての人工細胞の構築へ

生命システムを構成している,DNA/RNA,タンパク質,脂質などの生体高分子はソフトマターと呼ばれる物質群に分類されます.ソフトマターには生体高分子の他に,界面活性剤,液晶,コロイド,エマルション,ゲルなども含まれます.ソフトマターは,結晶などの狭義の固体とは異なり,複雑な構造を持ち,構造の柔軟性や内部自由度があり,遺伝情報などによる特異的な化学反応とカップルすることで動的な性質を示すため(アクティブマター),生命システムの本質であると考えられます.したがって,ソフトマターの基礎物性を研究することで,生命システムが示す自律性や創発性に迫ることができます.特に,細胞サイズのソフトマターの性質やDNAなど情報を保持したソフトマターの性質に興味があります.また,マイクロスケールでの時空間秩序形成の解明にもつながります.これらの基礎物性に関する知見を利用して,ソフトマターでできた細胞のような自律性,柔軟性,創発性をもつ運動システムを創り,地球上の生命に縛られない,物質として可能な(物理法則・化学法則の基で可能な)生命システムの形について考えるとともに,自律型ナノ/マイクロマシンの開発や分子ロボット・人工細胞の構築へ応用していきます.

(1) マイクロ流体デバイスを用いたソフトマターのマイクロ構造の生成・サイズ制御

■ 細胞は,同種細胞であれば大きさは同じですが,それぞれの内部は均質な構造ではなく,非対称性があり,それらが細胞の機能の安定性と特異性に効いていると考えられます.そこで,ソフトマターの大きさを細胞サイズに成形するとともに,一種の非対称性を持たせる技術が有用であると考えられます.この研究では,遠心力を利用して細胞サイズの微小な液滴を生成する技術を利用して,空間的な対称性の破れた異方性構造を持つゲル微粒子・ゲルファイバーを生成する手法を開発しました.生成メカニズムの研究はマイクロ流体の物性の研究として興味があります.また,細胞スケールでは方向性のある運動を取り出すことが難しく,構造異方性が重要となりますので,これらの異方性構造生成技術の開発はより生物らしい自律運動を実現できるマイクロマシンの開発などにも応用できます.

  • M. Hayakawa, H. Onoe, K. H. Nagai, M. Takinoue, “Complex-shaped three- dimensional multi-compartmental microparticles generated by diffusional and Marangoni microflows in centrifugally discharged droplets”, Sci. Rep., 6, 20793 (2016).
  • K. Maeda, H. Onoe, M. Takinoue, S. Takeuchi, “Observation and Manipulation of a Capillary Jet in a Centrifuge-based Droplet Shooting Device”, Micromachines, 6, 1526-1533 (2015).
  • K. Maeda, H. Onoe, M. Takinoue, S. Takeuchi, “Controlled synthesis of 3D multi-compartmental particles with centrifuge-based microdroplet formation from a multi-barrelled capillary”, Adv. Mater., 24, 1340-1346 (2012).
    (highlighted as the inside cover picture of the issue)
    (highlighted in Nature, vol.482, p.279 (2012), “Six-faced particles”)
  • S. Yasuda, M. Hayakawa, H. Onoe, M. Takinoue.

■ リポソーム(脂質二重膜小胞)は,細胞膜のモデル系として,ソフトマター物理学・生物物理学から生化学・医薬の分野まで幅広く研究されています.このような研究に貢献するため,細胞サイズで均質なリポソームを生成する簡便な技術を構築しました.遠心力を使って微小な水滴を生成するデバイスで,一度に1,000〜10,000個も生成することができます.さらに,リポソーム中でのタンパク質発現や,二重膜の表裏の脂質の組成が違うリポソームの生成など,上記分野で利用するための重要な性質を操作できます.微細なガラス管の先端から出てくる水滴は,dripping 現象によって大小2種類の大きさででてきますが,油水界面を通過してリポソームになる時に,通過率がサイズ依存的なため,小さい方だけがリポソームなります.私たちは,Droplet-Shooting and Size-Filtration 法と呼んでいます.

  • M. Morita, H. Onoe, M. Yanagisawa, H. Ito, M. Ichikawa, K. Fujiwara, H. Saito, M. Takinoue, “Droplet-Shooting and Size-Filtration (DSSF) Method for Synthesis of Cell-Sized Liposomes with Controlled Lipid Compositions”, ChemBioChem, 16, 2029-2035 (2015).

■ マイクロ油中水滴(water-in-oil microdroplet)は,リポソームと並んで,ソフトマター物理学・生物物理学から生化学・医薬の分野まで幅広く研究されているマイクロリアクタです.マイクロエマルションとも呼ばれます.リポソームと同様に,均一サイズの水滴を生成するため,リポソーム生成を行ったマイクロ流体デバイスを,改良してサイズ制御しながら細胞サイズの油中水滴生成することに成功しました.このサイズでサイズ制御を行うのは難しいため,とても有用だと考えています.同軸流(co-flow)になっている水柱が Rayleigh-Plateau 不安定性によって,小さく分割されることで生成できます.

  • H. Yamashita, M. Morita, H. Sugiura, K. Fujiwara, H. Onoe, M. Takinoue, “Generation of Monodisperse Cell-Sized Microdroplets using a Centrifuge-Based Axisymmetric Co-Flowing Microfluidic Device”, J. Biosci. Bioeng., 119, 4, 492-495 (2015).
  • M. Morita, H. Yamashita, M. Hayakawa, H. Onoe, M. Takinoue, “Capillary-based Centrifugal Microfluidic Device for Size-controllable Formation of Monodisperse Microdroplets”, J. Vis. Exp. (JoVE), in press.

(2) マイクロ液滴の自律運動・マイクロコロイドの集団運動

数μm−数百μmという細胞スケールの世界では, Reynolds数Re(=慣性力/粘性抵抗)の値が小さく(Re <<1),粘性抵抗が支配的となります.また,Weber数We(=慣性力/表面張力)の値も小さく(We <<1),表面張力も支配的となります.そのため,エネルギーを方向性のある運動に変換するのが難しいだけでなく,自律的な運動を持続させるためにはエネルギー・物質の流入・散逸のある非平衡開放系が必須です.

■ この研究では,一定電場下で電気的なエネルギー注入・散逸が起こる状況で,マイクロサイズの油中液滴が自発的回転運動を示すことを発見しました.マイクロスケールでの電気的な非平衡開放系が生み出す時空間秩序構造であると言えます.この成果は,新規な駆動原理によるマイクロサイズのエネルギー変換装置・ロータリーモーターへ応用が可能であると考えています.

  • M. Takinoue, Y. Atsumi, K. Yoshikawa, “Rotary motion driven by a direct current electric field”, Appl. Phys. Lett., 96, 104105 (2010).
  • M. Takinoue, H. Onoe, D. Kiriya, S. Takeuchi, “Propelling microobjects using a stationary DC voltage”, Proc. MEMS, 1177-1180 (2011).

■ この研究では,化学反応を利用した自律駆動マイクロモーターの実証を行っています.微小スケールでの運動であるために避けられない”ゆらぎ”が,運動の妨げになるだけではなく,場合によっては,予期せぬ秩序を創発する可能性について,理論的にも考察しています.

  • M. Hayakawa, H. Onoe, K. H. Nagai, *M. Takinoue, “Influence of asymmetry and driving forces on the propulsion of bubble-propelled catalytic micromotors”, Micromachines, accepted.

(3) DNAを利用した分子ナノテクノロジー・ソフトマター物理学

■ 人工細胞を頑強にする DNA 人工細胞骨格:我々の体を構成する細胞は,細胞骨格と呼ばれるネットワーク構造により非常に安定になっています.リポソームは薬の輸送用カプセルや化粧品の材料として使われてきましたが,細胞骨格のような構造が無いため,わずかな刺激により壊れてしまう問題がありました.本研究では,DNAナノテクノロジーによってDNAゲルでできた人工的な細胞骨格を作製し,リポソームの裏打ち構造として利用しました.この人工細胞骨格を持つリポソームは,従来の骨格を持たないリポソームが壊れてしまうような刺激に対しても崩壊せず,その形を維持しました.リポソームの耐久性を高めることは,薬用カプセルや化粧品などへ応用する上での最も大きな課題でしたが,今回の成果によりこの問題が克服される可能性があります.

  • Chikako Kurokawa, Kei Fujiwara, Masamune Morita, Ibuki Kawamata, Yui Kawagishi, Atsushi Sakai, Yoshihiro Murayama, Shin-ichiro M. Nomura, Satoshi Murata, *Masahiro Takinoue, *Miho Yanagisawa, “DNA cytoskeleton for stabilizing artificial cells”, Proc. Natl. Acad. Sci. USA (PNAS), vol.114, no.28, pp.7228-7233, (2017). doi: 10.1073/pnas.1702208114. link

■ DNAオリガミは,長鎖の一本鎖DNAを多数の短鎖の一本鎖DNAのハイブリダイゼーションによって,クリップ留めするようにフォールドさせて,約 100 nm × 100 nm のサイズの様々なDNAナノ構造を自由に構築する技術です.大腸菌に感染するウィルス M13mp 18 phage の遺伝子である 約 7.2 kbases の一本鎖DNAがよく利用されます.この研究では,DNAオリガミを利用した分子ナノテクノロジーや,界面のソフトマター物理学の研究を行っています. この技術を利用し,DNAオリガミを膜とする人工細胞膜の構築を行っています.膜がDNAナノ構造でできているので,DNAナノ構造の形状や機能をデザインするだけで,膜カプセル自体の性質をコントロールすることができるため,機能性カプセルの開発や細胞型の分子ロボットの構築に利用できると考えています.

  • Daisuke Ishikawa, Yuki Suzuki, Chikako Kurokawa, Masayuki Ohara, Misato Tsuchiya, Masamune Morita, Miho Yanagisawa, Masayuki Endo, Ryuji Kawano, *Masahiro Takinoue, “DNA Origami Nanoplate-Based Emulsion with Designed Nanopore Function”, ChemRxiv, Preprint. DOI: 10.26434/chemrxiv.7046495.v1

■ DNAゲルは,短鎖DNAのハイブリダイゼーションにより架橋されたゲルである.本研究では,ミクロなDNAゲルの物理化学的な性質について明らかにしています.

■ ヘアピン型DNA分子の二次構造形成の安定性とハイブリダイゼーション反応速度に関する基礎的な知見を利用して,分子による双安定系(分子メモリ)を構築しました.生体内のDNAは塩基配列自体で遺伝情報を記憶する不揮発性の read-only メモリだが,このシステムではDNAの分子構造の形態変化によって情報を記憶する不揮発性の rewritable メモリを実現できました.生体内での分子の利用方法にとらわれず,物質の性質として可能であることを示しました.これは,物理化学的には,最安定状態へのアニーリングによる書き込みと,準安定状態へのキネティックトラップによる消去で成り立っています.

  • M. Takinoue, A. Suyama, “Hairpin-DNA Memory Using Molecular Addressing”, Small, 2, 1244-1247 (2006).

■ ヘアピン型DNA分子の二次構造形成の熱力学的安定性とハイブリダイゼーション反応速度論に関する基礎物性の研究をしました.これにより,安定な二次構造を形成している場合はハイブリダイゼーションの反応速度が極端に遅くなることが分かりました.しかし,一度高温状態にしてゆっくり冷却する操作(アニーリング操作と呼ばれる)をすると,最安定状態にすぐに到達できます.これは,有限時間では,ある温度でDNAの構造が二状態とり得ることを示しています(双安定性).この知見は分子でメモリを構築するナノテクノロジーのほか,遺伝子解析の際のPCRのプライマーDNAの塩基設計設計などバイオインフォマティクス分野にも役に立ちます.

  • M. Takinoue, A. Suyama, “Molecular reactions for a molecular memory based on hairpin DNA”, Chem-Bio Info. J., 4, 93-100 (2004).
  • T. Kitajima, M. Takinoue, K.-i. Shohda, A. Suyama, “Design of Code Words for DNA Computers and Nanostructures with Consideration of Hybridization Kinetics”, Lect. Notes Comput. Sc., 4848, 119-129 (2008).

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