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適応・進化する人工細胞の合成生物学 (Synthetic Biology & Molecular Robotics)

私たち生命システムが非生命の物質からどのように創られているかを理解することは、生命科学だけでなく物質科学においても、未解明の重要な問いであることは間違いありません。そこで、生物の最小単位である細胞を模倣した原始細胞モデルや環境に適応し進化する人工細胞人工生命システムを構築することで、「生命とは何か?」を物理科学的に理解することや、あり得る生命を探求する非天然生物物理学の開拓を目指します。従来の要素還元的アプローチだけでは生命が生命たるシステム全体の振る舞いを知ることができませんが、構成論的アプローチを用いることで、そのような現象を理解することができます。また、細胞モデルを利用することで、ゆらぎの多い細胞内反応からロバストな生体情報処理が如何に実現されるかという本質に迫ります。

さらに、DNAナノテクノロジー(DNAゲル、DNAオリガミ)を駆使しして、細胞模倣型の分子ロボットを構築して体内で診断や治療などをできるシステムの構築も目指します。最近は、DNAナノ構造集合体の新しい状態であるDNA液滴に着目し、その液-液相分離挙動によるダイナミックな人工細胞や分子ロボットの構築を行っています。たとえば、病気の診断をするDNA液滴コンピュータなどです。これらに加え、遺伝子工学や化学分析などを精度良く効率良く行うためのマイクロリアクタの開発も行っています。

(1)原始細胞モデル、人工細胞構築学、ウェットな人工生命、人工生命システム、生命の起源、相分離生物学、非天然生物物理学; (2)DNAナノテクノロジー、RNAナノテクノロジー、分子ロボティクス、DNAゲル/DNA液滴、DNAオリガミ; (3)マイクロリアクタ、μTAS、化学チップ、分子センサー、バイオMEMS

細胞サイズの反応空間の制御から人工細胞の構築へ

私たち生命システムが非生命の物質からどのように創られているかを理解することは、生命科学だけでなく物質科学においても、未解明の重要な問いであることは間違いありません。そこで、生物の最小単位である細胞を模倣した原始細胞モデルや環境に適応し進化する人工細胞を構築することで、「生命とは何か?」を物理科学的に理解することを目指します。従来の要素還元的アプローチだけでは生命が生命たるシステム全体の振る舞いを知ることができませんが、構成論的アプローチを用いることで、そのような現象を理解することができます。また、細胞モデルを利用することで、ゆらぎの多い細胞内反応からロバストな生体情報処理が如何に実現されるかに迫ります。
さらに、DNAナノテクノロジー(DNAゲル、DNAオリガミ)を駆使しして、細胞模倣型の分子ロボットを構築して体内で診断や治療などをできるシステムの構築も目指します。最近は、DNAナノ構造集合体の新しい状態であるDNA液滴に着目し、その液-液相分離挙動によるダイナミックな人工細胞や分子ロボットの構築を行っています。これらに加え、遺伝子工学や化学分析などを精度良く効率良く行うためのマイクロリアクタの開発も行っています。

生物の最小単位は細胞であり,細胞膜と呼ばれる膜でできた超微小容器です.この容器があるからこそ,システムを維持できると考えられます.本アプローチでは,細胞と同じスケールの膜でできた容器を人工的に創り,その中に分子反応系を入れて自律的なシステムを生み出すということをしています.また,膜でできた容器が自律性にどのように貢献しているかといった物性を調べて,細胞という容器の意義について知見を深めています.非線形科学,非平衡科学,少数分子系の生物物理学などに関する発見があります.

(1) DNAを用いた人工細胞・人工オルガネラの構築

■ 核酸・タンパク質などの生体高分子の液-液相分離現象が細胞生物学でも注目されています。本研究では、DNAナノ構造で液-液相分離現象が実現できることを示し、DNA塩基配列によって、DNA液滴の挙動を制御できることを示しました。DNA液滴は人工細胞・人工オルガネラや分子ロボットなどのための新しい技術として近年注目されています。

  • Yusuke Sato, Tetsuro Sakamoto, *Masahiro Takinoue, “Sequence-based engineering of dynamic functions of micrometer-sized DNA droplets”, Science Advances, Vol. 6, no. 23, eaba3471, (2020), DOI: 10.1126/sciadv.aba3471
  • Press release: [Japanese] [English]

■ DNAゲルは、短鎖DNAのハイブリダイゼーションにより架橋されたゲルである。本研究では、ミクロなDNAゲルの物理化学的な性質について明らかにしています。また、DNAゲルを利用した人工細胞の構築を目指しています。この研究では、DNAゲルの相分離現象を利用し、細胞膜の脂質ラフト構造のようなパターンのあるDNAゲルカプセルを構築しました。DNAパターンのそれぞれの場所に機能を持たせることで、複雑な挙動をする人工細胞の構築につながっていくと考えています。

  • *Yusuke Sato, *Masahiro Takinoue, “Capsule-like DNA hydrogels with patterns formed by lateral phase separation of DNA nanostructures”, JACS Au, Vol.2, pp.159-168, (2021), DOI: 10.1021/jacsau.1c00450
  • Press release: [Japanese] [English]

■ 人工細胞を頑強にする DNA 人工細胞骨格:我々の体を構成する細胞は、細胞骨格と呼ばれるネットワーク構造により非常に安定になっています。リポソームは薬の輸送用カプセルや化粧品の材料として使われてきましたが、細胞骨格のような構造が無いため、わずかな刺激により壊れてしまう問題がありました。本研究では、DNAナノテクノロジーによってDNAゲルでできた人工的な細胞骨格を作製し、リポソームの裏打ち構造として利用しました。この人工細胞骨格を持つリポソームは、従来の骨格を持たないリポソームが壊れてしまうような刺激に対しても崩壊せず、その形を維持しました。リポソームの耐久性を高めることは、薬用カプセルや化粧品などへ応用する上での最も大きな課題でしたが、今回の成果によりこの問題が克服される可能性があります。

  • Chikako Kurokawa, Kei Fujiwara, Masamune Morita, Ibuki Kawamata, Yui Kawagishi, Atsushi Sakai, Yoshihiro Murayama, Shin-ichiro M. Nomura, Satoshi Murata, *Masahiro Takinoue, *Miho Yanagisawa, “DNA cytoskeleton for stabilizing artificial cells”, Proc. Natl. Acad. Sci. USA (PNAS), vol.114, no.28, pp.7228-7233, (2017). doi: 10.1073/pnas.1702208114. link
  • Press release: [Japanese] [English]

■ DNAオリガミは、長鎖の一本鎖DNAを多数の短鎖の一本鎖DNAのハイブリダイゼーションによって、クリップ留めするようにフォールドさせて、約 100 nm × 100 nm のサイズの様々なDNAナノ構造を自由に構築する技術です。大腸菌に感染するウィルス M13mp 18 phage の遺伝子である 約 7.2 kbases の一本鎖DNAがよく利用されます。この研究では、DNAオリガミを利用した分子ナノテクノロジーや、界面のソフトマター物理学の研究を行っています。
この技術を利用し、DNAオリガミを膜とする人工細胞膜の構築を行っています。膜がDNAナノ構造でできているので、DNAナノ構造の形状や機能をデザインするだけで、膜カプセル自体の性質をコントロールすることができるため、機能性カプセルの開発や細胞型の分子ロボットの構築に利用できると考えています。

  • Daisuke Ishikawa, Yuki Suzuki, Chikako Kurokawa, Masayuki Ohara, Misato Tsuchiya, Masamune Morita, Miho Yanagisawa, Masayuki Endo, Ryuji Kawano, *Masahiro Takinoue, “DNA Origami Nanoplate‐Based Emulsion with Nanopore Function”, Angew. Chem. Int. Ed., vol.58, pp.15299-15303 (2019). DOI: 10.1002/anie.201908392
  • Press release: [Japanese] [English]

■ DNAオリガミを作製する際には必ず精製のプロセスが必要になります。本研究では、液-液相分離液滴であるPEG/Dextran相分離液滴を利用したDNAオリガミの新しい精製技術を開発しました。

  • Marcos Masukawa, Yusuke Sato, Fujio Yu, Kanta Tsumoto, Kenichi Yoshikawa, *Masahiro Takinoue, “Water-in-water droplets selectively uptake self-assembled DNA nano/microstructures: a versatile method for purification in DNA nanotechnology”, ChemBioChem, (2022), DOI: 10.1002/cbic.202200240

(2) マイクロ流体デバイスによる細胞サイズのリポソーム・ドロップレットリアクタの構築

■ DNAゲル・DNA液滴を人工細胞に応用する際に、サイズが揃っている方が便利なことが多いです。そこで、マイクロ流体デバイスを利用して、DNAゲル・DNA液滴のサイズを制御して作製する技術の開発をしました。この研究では、PEG/Dextran液-液相分離現象とマイクロ流体デバイスを組み合わせて、Dextran液滴アレイを構築し、その中で、DNA液滴を構築する技術を構築しました。

■ リポソーム(脂質二重膜小胞)は,細胞膜のモデル系として,ソフトマター物理学・生物物理学から生化学・医薬の分野まで幅広く研究されています.このような研究に貢献するため,細胞サイズで均質なリポソームを生成する簡便な技術を構築しました.遠心力を使って微小な水滴を生成するデバイスで,一度に1,000〜10,000個も生成することができます.さらに,リポソーム中でのタンパク質発現や,二重膜の表裏の脂質の組成が違うリポソームの生成など,上記分野で利用するための重要な性質を操作できます.微細なガラス管の先端から出てくる水滴は,dripping 現象によって大小2種類の大きさででてきますが,油水界面を通過してリポソームになる時に,通過率がサイズ依存的なため,小さい方だけがリポソームなります.私たちは,Droplet-Shooting and Size-Filtration 法と呼んでいます.

  • M. Morita, H. Onoe, M. Yanagisawa, H. Ito, M. Ichikawa, K. Fujiwara, H. Saito, M. Takinoue, “Droplet-Shooting and Size-Filtration (DSSF) Method for Synthesis of Cell-Sized Liposomes with Controlled Lipid Compositions”, ChemBioChem, 16, 2029-2035 (2015).

■ マイクロ油中水滴(water-in-oil microdroplet)は,リポソームと並んで,ソフトマター物理学・生物物理学から生化学・医薬の分野まで幅広く研究されているマイクロリアクタです.マイクロエマルションとも呼ばれます.リポソームと同様に,均一サイズの水滴を生成するため,リポソーム生成を行ったマイクロ流体デバイスを,改良してサイズ制御しながら細胞サイズの油中水滴生成することに成功しました.このサイズでサイズ制御を行うのは難しいため,とても有用だと考えています.同軸流(co-flow)になっている水柱が Rayleigh-Plateau 不安定性によって,小さく分割されることで生成できます.

  • H. Yamashita, M. Morita, H. Sugiura, K. Fujiwara, H. Onoe, M. Takinoue, “Generation of Monodisperse Cell-Sized Microdroplets using a Centrifuge-Based Axisymmetric Co-Flowing Microfluidic Device”, J. Biosci. Bioeng., 119, 4, 492-495 (2015).
  • M. Morita, H. Yamashita, M. Hayakawa, H. Onoe, M. Takinoue, “Capillary-based Centrifugal Microfluidic Device for Size-controllable Formation of Monodisperse Microdroplets”, J. Vis. Exp. (JoVE), accepted.

■ 細胞組織のモデルシステムを実験系で再現する研究が進んでいます.細胞組織は細胞の集団が協力することで様々な特性を生み出します.このシステムの理解を目的として,油中水滴を 3 次元的に配列した組織モデルが報告されていますが,油中水滴は融合して構造が壊れやすいという問題点があります.この研究では,ゲル微粒子を細胞モデルとして用いることで構造を力学的に安定化させ,さらに細胞間の相互作用を実現できるハニカム型人工細胞組織モデルの構築を行っています.

(3) 合成生物学・遺伝子工学のためのドロップレットマイクロリアクタ

■ 合成生物学の分野では,細胞密度を制御しながら一細胞を観察し細胞の振る舞いを調べる研究が重要になっています.たとえば,一部のバクテリアには密度依存的に遺伝子発現を行うクオラムセンシングという細胞密度センサーシステムがあるため,バクテリア細胞密度を制御することによって遺伝子発現を制御することができます.また,集団化したバクテリアが作るバイオフィルムは,細胞集団の研究モデルとして注目されており,細胞集団の密度を制御することが重要です.非平衡開放系リアクタを応用し,顕微鏡下でバクテリアを観察しながら,その細胞の密度や成長速度を制御するマイクロ流体デバイスを構築しました.さらに,代謝工学などの分野においても細胞密度を制御しながら細胞を観察することは重要なため,応用の可能性があります.

  • M. Ito, H. Sugiura, S. Ayukawa, D. Kiga, M. Takinoue, “A Bacterial Continuous Culture System Based on a Microfluidic Droplet Open Reactor”, Anal. Sci., 32 (1), 61-66 (2016).
    (highlighted as the Hot Articles of the issue)
  • Press release: [Japanese-1Japanese-2] [English]