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物質を使った新しい計算の情報科学 (Physical and Chemical Computing)

物理・化学コンピューティング:分子、粒子、流体、量子、生物などの物質や自然現象を使った新しい計算原理の開拓と物理・化学シミュレーション

10年、20年後の情報工学には、現在のようなバーチャル空間でデジタルによるコンピューティングとは異なる発想による新たな計算原理が必要になります。量子、分子、ゆらぎ、フラクタル、ソフトマター、分子ロボット、人工細胞、人工臓器、生態系、社会系など、様々な物理現象・化学現象に立脚した物理・化学コンピューティングを発展させれば、既存のコンピュータの性能を凌ぐ新しいコンピュータをリアルな空間で実装できる可能性があると考えられています。そのようなフィジカルなコンピュータによって、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する「超スマート社会(Society 5.0)」の実現にも貢献できるとされています。

自然界で物理・化学コンピューティングを実現しているのは我々生命システムです。脳神経系、免疫系、遺伝子回路などあらゆる生命現象はある種のコンピューティングであると考えられます。生命システムが情報処理をする基盤は分子反応です。したがって、分子反応によって情報処理システムが創れれば、生命の情報処理や自律性の秘密が分かるかもしれません。また、生物は生体分子の持つ物理化学的性質のほんの一部を利用しているに過ぎず、潜在的には、生体分子によるシステムには、より高度であったり、より科学的に興味深い仕組が隠れています。

本研究テーマでは、生体内で情報保持・伝達に関与するDNA/RNAや機能発現に関与するタンパク質といった生体分子を実際に使って、生体内などの従来の環境ではコンピュータが使えなかった環境でも機能するナノサイズのコンピュータの開発を行っています。また、そのような分子システムの挙動を数理的に理解するため、分子シミュレーション、モンテカルロ・シミュレーション、流体シミュレーション、化学反応シミュレーション、複雑系シミュレーション、セルオートマトン、Artificial Life (ALife) など、物理・化学シミュレーションと呼ばれる計算機上でのシミュレーション実験も行っています。

本研究の成果は、医薬応用、治療用ナノマイクロロボット、宇宙探査用小型自律ロボットの開発などに貢献できると考えています。また、学術的には、、生命現象の解明、バイオインフォマティクスを含む情報科学、分子コンピュータのプログラミング原理の開拓、分子ロボットの構築原理の解明、複数の現象が絡み合う複雑で階層的な現象を対象にした物理・化学シミュレーション法の開拓などにおいて貢献できます。

(1) 物理・化学シミュレーションによるDNAナノ構造の解析

■ DNAをナノロボットやナノサイズコンピュータの材料として使う場合、まず、塩基配列で安定性や構造などを予測してから実際に実験することになる。しかし、実際に実験してみると予想外の挙動をすることもあり、その原因の追求には時間がかかることが多い。実験をする前からある程度の挙動が予測できていれば研究開発のコストが下がる。そこで、近年は、モンテ・カルロ法による粗視化分子シミュレーションによって分子のダイナミクスをコンピュータ上で予測する手法が広く使われるようになってきている。また、実験をした後にもその原因となるメカニズムを知るためにも、分子シミュレーションによる結果は様々な知見をもたらすことができる。実験では、ナノサイズの分子が実際にどのように動いているのか、直接目で見ることはできないが、計算機上の分子シミュレーションであれば、分子のダイナミクスの詳細を追うこともできる。

当研究室では、DNAナノ構造として、DNAオリガミと呼ばれる構造を用いている。以下は、DNAオリガミ構造の粗視化分子シミュレーションの例である。

(2) 自律型 DNA/RNA分子コンピュータによる論理演算

■ DNA/RNAの生化学反応を利用した論理演算回路(自律的DNA情報処理システム)を構築し,生体分子反応ネットワークで計算ができることを示しました.通常,生体内では,DNA情報から転写されたRNAの情報を読み取り,タンパク質を作って情報処理等の機能を発現していますが,このシステムでは,DNA情報から転写されたRNAで直接的に情報処理のための機能制御(分子反応のON/OFFスイッチング)を実現します.RNAが一時的な情報を持っており,情報ネットワーク上での通信を担います.ハイブリダイゼーション反応と酵素反応のキネティックな方程式をたてて,数値シミュレーションしたところ,実験結果を予測できることが分かりました.将来的には,生体内(in vivo)で動くナノサイズ情報処理マシンへ応用が可能だと考えられます.

  • M. Takinoue, D. Kiga, K.-i. Shohda, A. Suyama, “Experiments and simulation models of a basic computation element of an autonomous molecular computing system”, Phys. Rev. E, 78, 041921 (2008).
    (highlighted in Vir. J. Nano. Sci. Tech., 18, issue 19 (2008))
    (highlighted in Vir. J. Bio. Phys. Res., 16, issue 9 (2008))

(3) 自律型DNA/RNA分子コンピュータによる振動回路(オシレータ)

■ DNA/RNAの生化学反応を利用した論理演算回路(自律的DNA情報処理システム)を応用して,非線形振動子(RNAオシレータ)を設計しました.反応回路内では,あるRNA(X)が生成すると別のRNA(Z)の生成を活性化し,逆に,RNA(Z)が生成するとRNA(X)の生成を抑制するという関係になっています.これは,非線形科学で有名な Activator-Inhibitor System になっており,リミットサイクル振動を発生することが知られています.数理モデルとシミュレーションによる研究ですが,実際に実験でも実現できると考えられます.将来的には,自律的に駆動するナノモーターや生体分子反応システムの同期をとるためのクロックとして利用可能が可能で,ナノテクノロジー・バイオテクノロジーに貢献します.

  • M. Takinoue, D. Kiga, K.-i. Shohda, A. Suyama, “RNA oscillator: limit cycle oscillations based on artificial biochemical reactions”, New Generat. Comput., 27, 107-127 (2009).

(4) ヘアピン型DNA分子の平衡論的・速度論的な反応制御によるDNA分子メモリ

■ ヘアピン型DNA分子の二次構造形成の安定性とハイブリダイゼーション反応速度に関する基礎的な知見を利用して,分子による双安定系(分子メモリ)を構築しました.生体内のDNAは塩基配列自体で遺伝情報を記憶する不揮発性の read-only メモリだが,このシステムではDNAの分子構造の形態変化によって情報を記憶する不揮発性の rewritable メモリを実現できました.生体内での分子の利用方法にとらわれず,物質の性質として可能であることを示しました.これは,物理化学的には,最安定状態へのアニーリングによる書き込みと,準安定状態へのキネティックトラップによる消去で成り立っています.

  • M. Takinoue, A. Suyama, “Hairpin-DNA Memory Using Molecular Addressing”, Small, 2, 1244-1247 (2006).

(5) 塩基配列設計

■ 塩基配列設計:DNAコンピューティング・DNAナノテクノロジーを研究する上で最も重要なのが、適切な塩基配列設計を行うことである。情報科学、特に、バイオインフォマティクスの分野で培われた技術を応用して、塩基配列設計を行う方法論を開拓しています。

  • T. Kitajima, M. Takinoue, K.-i. Shohda, A. Suyama, “Design of Code Words for DNA Computers and Nanostructures with Consideration of Hybridization Kinetics”, Lect. Notes Comput. Sc., 4848, 119-129 (2008).